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能楽師・武田宗典の舞台活動・観劇活動を中心にした日記的四方山話


by munenorin

心に刻まれたことば

今日は観世能楽堂で『岡庭祥大独立10周年記念能』当日でした。曲目は関根祥六氏の『翁』と岡庭氏による『道成寺』。他に狂言・舞囃子・仕舞・連吟がありました。
岡庭氏にとっては披き(初めて)となる大曲『道成寺』なので、何と言ってもメインはそこになります。私も地謡の末席で『道成寺』に参加させて頂きました。

ある先輩が、”『道成寺』は披きに限る”というようなことを以前に仰っていたのを耳にしたことがありますが、今日はまさにその言葉を象徴するような『道成寺』でした。
『道成寺』に参加している全員が、とにかくシテのためにと一生懸命になって舞台を創り上げる。そしてシテは、未熟ではあってもとにかく気持ちだけは負けないようにと精一杯の稽古の成果を披露する。自分も今日は地頭の気合に引っ張って頂いて、まさに汗にまみれるほど懸命に謡っていましたが、気がつくと心の中でシテに『頑張れ、頑張れ』と(先輩ではありますが)エールを送っている自分がいました。これは『道成寺』の披きでなければ得られない感覚です。そして最後の退場の折には、満場のお客様から本当に心温まる拍手をいただくことが出来ました。

舞台終了後には岡庭氏の気持ちがこもった宴席に招いて頂きました。
そこで最後に締めのご挨拶をされた狂言の山本東次郎氏から、素敵なお言葉を聞かせていただくことが出来ました。色々な事を仰られていたのですが、中でも『人はけなされることには我慢できるが、おだてられることには我慢できない』というお言葉。つまり自分をしっかりと戒めなければ、人間というものは簡単に慢心してしまうものだ、ということです。そしてもう一つ、『師のあとを追いかけてはならない、師の求めていたところを追いかけよ』というお言葉。こちらは特に心に響きました。師匠・並びに先人達が何を目指そうとされていたのか。これをしっかりと考えて日々行動しなければ、結局は真に自分自身の骨肉となった舞台を創り上げることは出来ないの
ではないかということに気付かされました。

東次郎氏はこのような舞台に関する様々なお話を、ご自身が10代から20代の半ばにかけての頃、晩酌の折にお父様から毎日のように聞かれていたそうです。きっとこの大事な時期にお聴きになられたお話が、今の東次郎氏の大事な基礎となっておられるのでしょう。もう70歳を超えられる年齢になられた狂言の名人のお一人ですが、とてもそんな年齢にはお見受けしないほど見た目も身体も若々しくおられ、我々のような若輩にもいつも恐縮してしまうほど丁寧に接して下さいます。またユーモアに溢れた洒脱な面もお持ちで、まさに清濁併せ呑んでいらっしゃる方です。自分にとっては数少ない、心から尊敬している大先輩です。

今日お聴きしたおことばは、自分にとって一生の指針となることでしょう。今後、もし自分の立場が社会的に上がっていくことがあったとしても、この思いだけは忘れないようにしていかなければなりません。そして、能楽師である前に、人間として誠実でありたいと心から思いました。

また明日から階段を一歩一歩、ですね!
by munenorin | 2009-01-31 23:56 | 能楽日記