人気ブログランキング | 話題のタグを見る

能楽師・武田宗典の舞台活動・観劇活動を中心にした日記的四方山話


by munenorin

意外な難役

今日は第三水曜日。ほぼ毎月、第三水曜日は「研究会」です。
今日の私の役は、『龍田』の地謡と『大仏供養』の立衆でした。研究会は能二番立ての会で、二番共に役が付くのは珍しいのですが、特に地謡と登場人物の役を掛け持ちするのは初めてでした。
さて、その『大仏供養』の立衆なのですが、これがなかなかの難役です。登場人物としての役割は、源頼朝を警護する侍という設定です。ただし、いざシテである景清と対峙すると、どさくさに紛れて逃げてしまうという、何とも心許ない侍達です。
そんな訳で、どちらかと言うと消化不良気味の役で、これといった見せ場があるわけではないのですが、一つだけとても大変な仕事があるのです。
それは『かしこまって候とて。かねて用意の警護の兵。皆一同に。立ち騒ぐ。』というたったこれだけの謡の間で、舞台上で烏帽子を脱ぎ、小刀を取り、直垂を脱いで頭に鉢巻をして太刀を持つという荒業です。
これは烏帽子直垂という貴族的な侍の装いから、突然現れた敵に対処する為、鉢巻の武者姿に変身するということの為なのです。
もちろんマトモに着付けられた装束では瞬間的に脱ぐことは出来ないので、あれこれ脱ぎ易いように工夫をするのですが、それでも時間にしたら30秒ないくらいなので、少しでも手順を誤ると大失敗に繋がります。
今日はギリギリセーフという感じでしたが、舞台前に何度もイメージトレーニングを繰り返して臨みました。

能の舞台というと、当たり前のことではありますが、まず謡と舞の稽古が実力を養う為に最も大切です。しかし我々プロの能楽師はそれだけでなく、舞台上でのこういった細かい段取りをつつがなく執り行うことが出来る器用さ・冷静さ・判断力なども求められます。
これにはいろいろな人の舞台をしっかりと観て、とにかく経験を積むことが大切です。また、常に冷静でいられるよう精神力を鍛えることも大事です。能の稽古というものは、実に様々な角度から物事を俯瞰して、手落ちがないよう濠を埋めていくような作業なのです。

さて明日は『巴』の申し合わせです。『巴』にも舞台上で装いを変える場面があります。いかに何事もなく、お客様に美しく見せることが出来るか、明日の申し合わせもしっかりと落ち着いて取り組みたいと思います。
by munenorin | 2008-10-15 23:47