能楽師・武田宗典の舞台活動・観劇活動を中心にした日記的四方山話


by munenorin

能で使う小道具~扇編~

このところ記事に若干華やかさが欠けている気がしたので、今日は綺麗な写真入でちょっと能の四方山話を書いてみようと思います。

皆さんは能でよく使われる扇が、少し変わったデザインであるということにお気づきですか?
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おそらく一般社会でよく目にされる扇は左の写真のようなデザインの扇であると思います。実はこれは能の中でも観世流独自の扇であり、細かく言えば大きさや竹の骨の部分の色などに、他の流派や芸能で使うものと若干の違いはあるのですが・・・。このように閉じると紙の部分の真ん中に竹の骨が見えて、パチンと綺麗に閉じられる扇、これを『鎮扇』(しずめおうぎ)といいます。能では仕舞や素謡、舞囃子など、紋付袴で上演する形態の物にはこの扇を持ちます。いわゆる能装束を着けての本格的な能でもこの鎮扇を持つことはあるのですが、ごく稀で、大概身分の低い家来のような人物が持つことが殆どです。
それに対して下の写真を御覧ください。



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これは『中啓』(ちゅうけい)といいます。左の写真が扇を閉じた状態、右が開いた状態です。開いた状態は鎮扇の場合と大差ありませんが、閉じた状態のときは完全に扇が閉まらず、ちょうどアコーディオンカーテンのような状態で中の図柄がうっすらと見えるでしょう?これが中啓の特徴です。これは扇の竹の部分が若干外に反っているため、このように完全に閉じないようになっているのです。
もともと扇は日本で生まれたものでしたが、それは片面にだけ紙を張った簡素なものでした。それが中国に輸出され、室町時代になって中国から逆輸入された時、両側に紙を張る現在のデザインに近いものとなったようです。中啓はこの時に生まれ、室町時代に貴族や将軍の間で大流行しました。それがおそらく同じ時期に誕生した能楽に自然に取り入れられることになったのでしょう。
この左上の女性がたくさん描いてある扇、これは『鬘扇』といいます。そして下の松に太陽の絵柄の扇が『勝修羅扇』です。鬘扇は優美な女性や花の精などの登場人物が持つ扇です。対して勝修羅扇はその名の如く、勝ち戦を舞い語る武将の霊が持つ扇です。この太陽は日の出を表すのです。そして勝修羅扇を持つ武将の曲は、「田村」「箙」「屋島」の三番だけです。
このように能で持つ扇は、その登場人物の性別や性格、持ち味などによって分けられ、ある程度の決まりがあります。例えば尉(じょう・おじいさん)なら白骨に墨絵の書いてある扇、勝修羅に対して負け戦の武将が持つ負修羅扇は波に太陽が書いてある扇をもつなど・・・(この太陽は日没を表すといいます)またそれについては機会を作っておいおいご説明しますね006.gif

室町時代に流行したスタイルの扇が現在まで残ったとはいえ、この中啓は華やかな能装束、また能の描き出す高貴な世界に大変よくマッチしています。また扇はもちろん暑さを凌ぐために使うのではなく、能の舞台の上では筆にも徳利にも盃にもなります。またその人物によって持つ扇が違うことからも分かるように、いわばその人の身分の象徴、その人の分身といえる部分もあり、殆どの登場人物が扇を持って登場します。能にとっては欠かすことの出来ない小道具であって、能面に次ぐ能楽師の「魂」ともいえるでしょう。

今日のように時間のあるときには少しこうした纏まった記事も書いてみたいと思います。皆様が能をご覧になる上で少しでもお役に立つことが出来れば・・・と思っています003.gif
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by munenorin | 2008-07-04 00:22 | 能楽日記